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【松浦達也 肉道場入門!】関東で最初に牛鍋を出した「伊勢熊」 夫「牛鍋屋やろうかな」妻「離婚です!」 (1/2ページ)

 明治天皇が肉食を解禁する以前の幕末から、世には事実上の肉食解禁を思わせる事象が見られるようになる。

 その最たるものが牛鍋屋の台頭だ。幕末に福沢諭吉が大阪の牛鍋屋に通ったことは本稿でも触れたが、当時はまだまだ牛肉食を気味悪がる者も多かったという。

 後に編纂(へんさん)された『横浜開港側面史』によれば、幕末に牛肉の切り売りを横浜元町の『鳥平』が始め、その後、文久年間(1861~64)に居酒屋から業態を変えて、牛鍋を出したのが関東で最初に牛鍋を出した「伊勢熊」だ。

 もともと「伊勢熊」は横浜の入船町にあった夫婦ふたりで営む居酒屋だった。

 主人のほうは機を見るに敏なタイプだったようで、当時、牛肉に流行の兆しがあると踏むやいなや、牛鍋店の開業を目論み、妻に「牛鍋屋をやろうと思うんだが…」と相談を持ちかける。

 ところが妻は「そんな気持ちの悪い商売をするなら離婚です!」とモー反対、いや猛反対。

 結局、伊勢熊は店内を半分に仕切り、夫は牛鍋屋、妻は居酒屋としてリニューアルオープン。もっとも、徐々に売り上げが落ちていく妻の居酒屋に対して、右肩上がりに売り上げが伸び続ける主人の牛鍋屋。

 やむなく妻も折れ、伊勢熊は仕切りを取り払い、牛鍋専門店になったという。

 その後、現在も横浜に牛鍋の看板を掲げる「太田なわのれん」などが開店。牛肉食は爆発的な流行へとつながっていく。

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