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【ドクター和のニッポン臨終図巻】西部邁さん、「生の最期」世に問う自裁死 自ら死に時を決め、冷静に人生に決着をつけるという潔さを感じる  (1/2ページ)

★西部邁さん

 「自殺」という言葉が嫌いです。高校生の時、私の父がこの死に方を選んだことも影響しているのかもしれません。父は、その数年前より鬱病を患っていました。

 「自殺」という言葉を目にするたび、あの日の感情に引き戻される自分がいます。警察署で遺体を確認したのは高校生の私でした。自らを殺す? では殺したのは誰なのか? 殺されたのは? 答えの出ない苦しみにもがいた青春時代でした。

 評論家の西部邁さんが亡くなりました。1月21日午前7時前、東京都大田区の多摩川に飛び込みました。その日の未明、自宅から姿が見えなくなったことを不審に思った長男が捜索願を出していました。駆け付けた警察官に救出されたときには意識がなく、搬送先の病院で死亡が確認されました。78歳でした。

 亡くなる10日前、西部さんは新聞社の取材を受けていました。「数週間後、私は生きていない」と記者に明言し、取材後は神経痛の腕をかばいながら午前4時までハシゴ酒をしていたと。ああ、一度でいいから一緒に呑みたかった。

 最後の著書となった『保守の神髄 老酔狂で語る文明の紊乱(びんらん)』(講談社現代新書)を思わず買いました。そこには、こんな言葉が綴られています。

 《おのれの生の最期を他人に命令されたり弄り回されたくない》《自然死と呼ばれているもののほとんどは、実は偽装》

 死の本ばかりを書いている私にとっても西部さんの言葉は衝撃でした。私は、自然に枯れて死んでいくことが平穏死であると説いていますが、改めて自然に逝くとは何だ? と考え直しました。人間が自然だと考えることの多くは他人が関与しており、確かに自然ではないのかもしれませんね。

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