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【長田昭二 ブラックジャックを探せ】阪神淡路大震災から23年、病院だからできる地域貢献の仕組みづくりを模索し実践 宮地病院(神戸市東灘区)理事長・宮地千尋さん (1/2ページ)

★宮地病院(神戸市東灘区)理事長・宮地千尋さん

 来週の17日で、阪神淡路大震災発生から23年。その震源地に近い神戸市東灘区にある宮地病院は、入院患者に犠牲者こそなかったものの、病院の建物は全壊し職員が1人殉職した。

 駐車場や近隣の建物の空いたスペースを借りて入院患者や治療を求めてやって来る被災者に対応していた時のことを、現在同院理事長を務める宮地千尋医師は、昨日のことのように克明に語る。

 「唯一の通信手段として残っていた公衆電話には長蛇の列。列に並んでいる人たちにお願いして順番を譲ってもらい、重症患者の受け入れ病院を探したんです。あの状況で、皆さん思いやりがありました」

 病院が全壊した現実を前に、一度は絶望しかけたこともある。ところが、その時期に、町ですれ違う人から声をかけられたことで心が動いた。

 「新しい病院はいつできるんや?」

 「待ってるで!」

 地域の声に突き動かされての再建が始まった。

 当時は創業者である父親が理事長だったが、将来を見越した銀行は、長女の千尋医師に期待して融資を決めた。200床あったベッドを158床に減らすなど、身を削っての再建だった。

 そうした経緯もあるだけに、宮地医師の、地域への感謝と愛情の大きさは計り知れない。