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【竹内流 神社の神髄】伊勢神宮に関係も? 神仏習合の歴史が残る「稗田神社」東京・蒲田 (1/2ページ)

 東京都大田区蒲田に変わった名前の神社がある。稗田神社だ。御祭神も変わっていて誉田別命(ほんだわけのみこと=応神天皇)の他4柱(神様は柱と数える)が祀られている。武内宿禰、天照大神、春日大神、荒木田襲津彦命(あらきだそつひこのみこと)。

 創建は709(和銅2)年の古社、式内社である。行基が天照・八幡・春日の三神体を祀った。神像は日蓮によって弘安の役の翌年、1282(弘安5)年に開眼された。

 この神社は「ひえた」と訓が古書に書かれている。神道で「ひえた」というと候補は2人考えられる。1人目は、「古事記」の口伝相承者、稗田阿礼。もう1人は別名が<阿礼(あれ)>で卑弥呼ともいわれる倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)である。

 社伝が絶えているので真実は明らかにできないが、伊勢神宮に関係しているとも考えられる。荏原郡にあった元々の地域は「神戸」という地名であった。これは伊勢神宮の荘園であった可能性があるのだ。御祭神の荒木田襲津彦命の「荒木田」といえば伊勢神宮内宮の代々の神主の家柄である。

 かつては「蒲」の字を使い「蒲田神社」だったと推測されるが、別当寺(神社を管理する寺)の栄林寺が神祇管領の吉田家(神祇大副兼任)に申請して<稗田神社>と名乗るようになった。

 末社には三十番神社がある。三十番神とは、1カ月30日の間、順番に30の神々が国家や信者を守護してくれるというものだ。これは神仏習合による<法華信仰>である。蒲田は法華信仰の盛んな地であったようだ。

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