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【竹内流 神社の神髄】金運アップ間違いなし!?例大祭には勅使が派遣される格式高い「品川神社」品川・北品川 (1/2ページ)

 <北の天王さん>として信仰を集める。入り口左の昇り竜と、右の降り竜の「双龍鳥居」が有名だ。まずはここで一礼してから境内に入る。もちろん参拝を終えた後も一礼。鳥居の前で一礼するのは、神社参拝の基本である。

 品川神社は文治3(1187)年に源頼朝が安房国(現・千葉県)の洲崎明神を勧請してきたのが由来。<品川大明神>として尊崇された。徳川家康も関ヶ原の戦いの勝利のあと神輿(葵神輿=あおいみこし)と仮面(天下一嘗の面)を奉納している。

 この面は国常立神(くにのとこたちのかみ)をあらわし、「赤面」と呼ばれている。大祭ではこの神輿が53段の階段を上る。大変だがそれが信仰心の証しであろう。神道は教祖・教典・教義が基本的にない。ゆえに、伝統文化と<祭り>が地域を支えている。

 そして「板垣死すとも、自由は死せず!」の<板垣退助>の墓がある。富士山を模した<富士塚>もある。富士山といえば木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)命だが、祭神は異なっても、神道は八百万神を祀るので、富士信仰の流行とともに境内に造られたのだろう。

 祭神は天比理乃命(あめのひりのめのみこと)というあまり知られていない神様である。夫は天太玉命(あめのふとたまのみこと)。忌部(いんべ)氏の祖である(忌部氏の子孫には織田信長もいる)。鎌倉末期には二階堂家が宇賀之売命(うがのみたまのみこと)、つまり<お稲荷様>を勧請。

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