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旅人が江戸を去るときに参拝 商売繁盛が叶うぞ「戸越八幡神社」品川区・戸越 (1/2ページ)

 なぜ「戸越」と呼ばれたのか。これは旅人が江戸を去る最後に参拝する神社だからである。つまり<江戸越し>の省略の地名なのだ。それが語源である。

 祭神は八幡様だからもちろん応神天皇(誉田別命=ほむだわけのみこと)。ご陵は息子の仁徳天皇陵に次いで2位の大きさを誇る。

 仁徳天皇は庶民が困っているのを知り、自分のご陵を巨大にすることによって多くの仕事を増やした。<公共事業>。つまりケインズ経済学である。これは父の応神天皇(八幡神)が多くの渡来人を迎え入れたためだ。その技術によって世界最大の墓が完成したのだ。

 本題に戻ろう。戸越八幡神社の由来はなかなか面白い。昔、一本杉と呼ばれていた所の庵寺に「藪清水の池」と言われた池があった。ここでの願い事はかなわないことがないといわれ、いつからか成就庵と呼ばれるようになった。

 そこに大永6(1526)年に行永法師がやってきて庵でうたた寝をしていたときに、輝く光を見た。法師は驚いたが、池の中から取り出した御神像を草庵に祠を建てた。現在の平塚3丁目にある一本杉元八幡宮がその跡地といわれている。そして天正20(1592)年、八幡山行慶寺の念誉上人が八幡宮を建立した。お寺が神社を建てた、まさに<神仏習合>である。

 古歌に「江戸越えて 清水の上の 成就庵 願いの糸のとけぬ日はなし」とある。区内でもっとも古い狛犬が品川区認定文化財になっている。小さな社殿ではあるが、境内の樹木は<鎮守の森>となっている。

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