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【当てちゃる券】寛仁親王牌2日目のローズカップでなぜ他の自力選手はマークしなかったのか?

 前橋競輪場で行われた寛仁親王牌はワッキー(脇本雄太)の独り芝居だった。千秋楽の演目は十八番(おはこ)の2周先行。プログラムに書いてあった新田祐大(福島)のグランドスラムや佐賀・山田ブラザーズの兄弟仁義も出番はなかった。

 輪友は言った。「脇本以外の選手は練習してんのか?」

 話題になっている伊集院静さんの新田祐大、脇本に対する批判記事を読んだ。オレの考えはこうだ。新田は以前から自分だけが勝つレースをしている。横文字のKEIRINはもともと個人競技。だからナショナルチームの面々が“競輪”でKEIRINをやるのは必然かと。

 ただ、本音を言うと昭和の競輪出身のオレは彼らの走りにはなじめない。しかし、脇本は違う。初タイトルまで長い下積みを耐え、先行選手として筋を通してきたことを競輪ファンはみんな覚えているはずだ。では、なぜ2日目のローズカップで他の自力選手はマークしなかったのか?

 ある大物レジェンドがこの疑問に答えてくれた。

 「空いてるからと簡単に脇本の後位を選択するのは他の自力型に対し、負けを認めたことになるんだ。その気持ち、お前じゃ分からんやろ」

 う~ん深い。確かにオレなら「ワッキーの後ろ」と即答した(笑)。 清水裕友(山口)は準決勝で、脇本に負けて悔し泣きをした。このままでは終われない選手たちの巻き返しを期待しよう。

 別府ナイター最終日S級決勝12Rは伊藤の逃げ1車に九州3車が続く。展開は前受けから引いて、伊藤が飛びつかせないように一気に仕掛けて上位独占。特筆すべきは地元の暴れん坊・大塚が4番手で折り合っていること。初日も田中誠の後ろを回っていた。健坊が丸くなったって? それはない。直線一世一代の中割りを魅せる。

 〔1〕⇔〔4〕-〔2〕〔5〕〔7〕。

(元競輪選手)

■内田浩司(うちだ・こうじ)1962年8月26日生まれ。福岡県出身。83年4月に51期生としてデビューし、S級上位で活躍。2015年10月29日に引退。通算435勝、優勝34回(記念Vは92年門司記念など6回)。FI先行・吉岡稔真(としまさ=福岡・65期)元選手の兄弟子で連携は多数。実直な性格と厳しい指導から“鬼軍曹”として恐れられていた。夕刊フジ競輪面にコラム『当てちゃる券』を連載中。競輪祭では特別コラム『小倉競輪祭 なう&リメンバー』を執筆。