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【新橋のネクタイ巻き TV視てますか?】五輪開会式前日のNHKの露払い 「1964」から「2020」へ感慨 (1/2ページ)

 今も複数のチャンネルで『東京オリンピック』の競技が生中継されている。NHK総合(ときにはサブチャンネルも)とEテレとBS1、民放も2局ほど。それらによる生中継が同時進行し、テレビ1台では足りない。スマホとパソコンも動員して「令和の聖徳太子」を気取ってみるが、凡人には無理。二兎を追う者はなんとやら。腹をくくって「一局集中」と決めるが、〈〇〇選手に金メダル〉と他局の中継競技結果の速報テロップが流れる。〈卓球(混合ダブルス)が熱くなってきたよ!!!〉などとLINEが届く。ああ忙しい。これが連日連夜続く。

 (年がバレるが)1964年10月23日の午後、小学生だった筆者は帰宅するや、テレビ(もちろん白黒)にくぎ付けとなった。完成したばかりの日本武道館で行われている東京五輪の柔道無差別級決勝。神永昭夫とオランダのアントン・ヘーシンクとの対戦は、神永が体格に勝るヘーシンクに袈裟固で抑え込まれ、一本負けを喫した。あの試合は筆者のスポーツ中継観戦の原点の1つとなった。その2日前、マラソンで旧国立競技場に2位で戻ってきた円谷幸吉がトラックで英国のヒートリーに追い抜かれ、3位となった。あのレースも同様だ。

 2人とも立派なメダル獲得なのに、テレビを見ながら激しく地団太を踏み、悔し涙に暮れた。そして少しだけ大人になった。「柔道」も、あの袈裟固があったからこそ国際的スポーツとなった。

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