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【生誕100年 世界のミフネ伝説】「黒部の太陽」 セットでも本物と同じように予測外の出水事故が… 迫真のシーンとなった「三船の仁王立ち」 (1/2ページ)

 東宝から1964年に独立した三船敏郎がプロダクションを設立し、石原裕次郎の石原プロモーションとタッグを組み、劇団民藝が全面協力する形で作られた作品。

 動員映画、前売り映画として初の試みで、電力会社などにチケットを購入してもらい製作費に充てる方法の先駆けとなった。これも三船と石原というビッグネームのおかげだろう。直接、石原自身が民藝の宇野重吉に頭を下げ協力を依頼しただけに、石原は宇野を生涯の恩人と崇めた。

 富山県の黒部渓谷は急峻な山間を日本海に川が流れ込むことからダムに適していた。すでに第3ダムまであったが、高度成長期を迎え、新しいダムが必要とされた。

 映画はこの黒部第4発電所(通称クロヨンダム)工事の中、破砕帯と直面し、171人もの尊い犠牲者を出しながらも不屈の執念で完成させた最難関、第3工区大町ルートの掘削を請け負った熊谷組の奮闘を描いた。

 三船演じる北川は、現場事務所の責任者に任命されるが、一度は「自分のできる役ではない」と断る役。映画は本物そっくりの巨大なトンネルのセットを作って行われた。このセットでも本物と同じように予測外の出水事故が起きた。

 伝説の「三船の仁王立ち」はこの時。事故を再現するため、セットに420トンの水タンクを設置していた。ところが手違いがあって10秒間ですべての水が噴出したのだ。

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