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【テレビ黎明期支えた 巨星こぼれ話】石井ふく子&橋田壽賀子コンビ“最強のワケ” (1/2ページ)

 1953(昭和28)年、日本でテレビ本放送が始まったころ、スタッフのほとんどが映画や舞台、ラジオから集まった男たちだった。そんな中、いち早くテレビの世界に飛び込んだ女性がドラマプロデューサーの石井ふく子さんと脚本家の橋田壽賀子さんだ。

 石井さんはもともとラジオのスポンサー企業の宣伝部社員から、TBSの社員となり、「日曜劇場」のプロデューサーに就任。聞いて驚いたのはドラマ化したい小説を見つけると自ら作家本人にアタックし、承諾を得てきたこと。三島由紀夫、室生犀星、藤沢周平、名作家の名が次々と出てくる。中でも山本周五郎には門前払いされながら、根気強く「いいドラマにします」と説得を続け、信頼を得た。

 とはいえ、生放送の時代。最後に数分余り、ひたすら主役と子役の追いかけっこでやりすごそうとしたが、あまりに長く走り過ぎて、主役がひっくり返ってしまったことも。「それっきゃ、やりようがなかったんです」笑顔は下町の娘のように若々しい。

 一方、橋田さんは松竹に入社し、「初の女性脚本家」として注目されたが、映画では思うように仕事ができず、テレビで活躍する。TBSプロデューサー、岩崎嘉一氏と結婚後も大河ドラマ「おんな太閤記」など大作も手がけたが、夫の前では一度も原稿用紙を開くことはなかったという。

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