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「タッキー&翼の滝沢秀明さん」と紹介、中居正広の深い配慮 (1/3ページ)

 今年限りでタレント活動を引退し、来年からはプロデュース業に専念する滝沢秀明が12月28日、『中居正広のキンスマスペシャル』(TBS系)に出演。幼少期から現在に至るまでを赤裸々に語り、番組では司会の中居正広の発言も大きな話題となった。

 著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)のなかで、SMAPや中居正広についても触れながら、芸能界やアイドル界の変動をテレビや社会の移り変わりとともに構造的に綴っている芸能研究家の岡野誠氏が『キンスマSP』を振り返る。

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 「いやでも、ファンの子、大事です」

 番組後半、大竹しのぶが引退する滝沢本人の人生を思い、「ファンのために生きるわけじゃないですからね。自分のために」と言うと、中居は台本と思われる紙をめくる手を止め、咄嗟にこう遮った。

 普段、『金スマ』で人の話を止めることのない中居から反射的に出た発言、そして映し出された表情は、ファンへの愛情を存分に感じさせるものだった。

 この言葉を聞いて、私は“アイドルという職業だからこそ生まれる奥深さ”について考えさせられた。

 芸能人には、映画やドラマ出演中心の俳優もいれば、バラエティ番組出演を主とするタレントもいる。アーティストと呼ばれる歌手もいれば、歌も俳優もバラエティもこなすアイドルもいる。これらのカテゴリーのなかで、世間はアイドルをどうも一段下に見ているように感じる。

 中居の先輩に当たり、現在のジャニーズ事務所の基盤を作った1人である田原俊彦を例に考えてみよう。1980年のデビュー以来、ヒット曲を連発していた田原は売れっ子歌手の証明である『NHK紅白歌合戦』に7年連続で出場していた。

 しかし、1987年に初めて紅白落選を経験する。その悔しさをバネに、1988年に大復活を遂げる。主演ドラマ『教師びんびん物語』(フジテレビ系)をヒットさせ、主題歌『抱きしめてTONIGHT』では後方で華麗に舞う乃生佳之と木野正人との息の合ったダンスで視聴者を魅了。当時の人気音楽番組『ザ・ベストテン』(TBS系)で年間1位に輝くほどの大ヒット曲を生んだ。

 すると、NHKは彼を2年ぶりに紅白に呼び戻した。レコード会社は田原への意思確認をすることなく、出場の返事をした。

 しかし、田原は紅白出場を固辞した。1988年12月14日放送の『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)で、その理由をこう語った。

 〈去年の1年で、僕は男としてケジメをつけなきゃいけなかったと思うし、そのつもりで、今年もね、去年と変わりなく、僕らしく1年間やってきたつもりです〉

 のちに、自伝『職業=田原俊彦』でもこう述べている。

 〈一度は要らないと言っておきながら、手の平を返すように、また来いというのはどういうことなのかと思った。その答えは簡単である。僕は三六五日分の一日のために頑張ってきたのではなく、他の三六四日の方がよっぽど大事なのである。ただ、それだけのことだ〉

NEWSポストセブン

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