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【みうらじゅん いやら収集】“恥ずかしセンス”忘れた日本に… ヌードペンとヌード靴べら (1/2ページ)

 いやらしさを感じるのは、いやらしくない時とのギャップによるものだ。

 いやらしくない時とはどういう時なのか? 今回紹介するヌードペンと、ヌード靴ベラを使って解説しようと思ったのだけど、今は着衣状態の女性写真の方がオールヌードに替わった時より、いやらしく感じてしまって何とも言い難い。

 昔っからこの手の商品には目がなくて、取り分け陽気な観光地に出向いた際には何の疑いもなく買ってしまう癖が治らない。別にこれでどうこうしようって気はサラサラないのだが、ペンを逆さにした時、黒いフィルム(ボディコン衣装のつもり)がスーッと消え、ポーズを決めた西洋女性がオールヌードになる。ただ、それだけの仕掛けだが、何度も試し、確認したくなる男の性(さが)。もう、これ以上は無いというのに、次やったらもっといやらしいことになるんじゃないかという何とも切ない男のロマン。ハワイやサイパン、やっぱヌードペンは南国に発生する。かつてはヘアヌードが出ることに大層、友人たちと盛り上がったもんだけど、ヘア解禁前の日本の方がやたらそのことにいやらしさを見いだそうとしていた感がある。その点、欧米は明け透けで、やたらナチュラルを押し付けてきて童貞だった僕らは引いた。そう、オールヌードってやつは今でもどこか引いてしまう。だからヌードペンの最高にいいシーンは半脱ぎぐらいで止めること。それでも女性の陽気な顔が少し、恥ずかしそうに変わればいいのだが。

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