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【ぴいぷる】狂言師・和泉流二十世宗家・和泉元彌「受けたバトン、子に継ぐには難しゅうござる」 (1/3ページ)

 「あの頃は毎日、おなかが痛くて目が覚めましたよ」と振り返るのは何とも苦い記憶だ。

 「公演先のホテルでテレビをつけたまま寝てしまうと、翌朝、ワイドショーから自分の名前が聞こえてくるんです。いいことなんて言われてないし、もう、けちょんけちょんでしたから」

 前年にNHK大河ドラマ「北条時宗」で主役を演じ、人気絶頂の一方、宗家の継承問題でバッシングの暴風が吹き荒れた2002年の“Wブッキング事件”。朝、岐阜県可児市での公演を終えるとヘリやジェット機を乗り継いで、昼の新宿の公演に間に合うという大騒ぎがテレビで繰り返し伝えられた。

 「その年は年間204公演もあったんです。私は掛け持ちだと思っています。なので、いまだにWブッキングが肩書のように言われるのはちょっと…。あの頃は何をしてもひと騒動。もし私がテレビだけで生きている人間であれば、命を粗末にしていたかもしれません。でも私には舞台があった。生きているからこそ舞台に立てる。そして拍手をいただける。そう思ったんです」

 今年、4歳で「靭猿(うつぼざる)」を披露した初舞台から40年という節目を迎えた。先代の父を亡くし、和泉流二十世宗家を継承してからも23年がたつ。

 「師匠である父がいた20年と、父の死後に宗家のバトンを受け継いでからの20年に分かれるのかな。先の20年は父という壁を乗り越えようと本当に必死でした。そして、次の20年は周りの景色がガラリと変わりました。いい思いができるから宗家にしがみついているとも言われましたが、20年もたたかれ続けて、いい思いも何もないですよ。ただ、狂言をもっと多くの方に見ていただきたいという思いだけでした」

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