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【ぴいぷる】ウルトラクイズ第15代クイズ王・能勢一幸氏「クイズに出るかもと思いながら新聞を読むと…」 (1/3ページ)

 世の中にクイズチャンピオンは数多かれど、純粋に「クイズ王」と呼ばれるのは「史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ」の歴代覇者だけだろう。その人数はたった16人(その後の特番を入れると17人)しかいない。

 「埼玉県庁の職員にもマラソンの川内優輝さんのような人が出てきてくれたおかげで、私の活動も随分と理解してもらえるようになりましたね」

 1991年、第15回ウルトラクイズで優勝したとき入庁1年目だった。東京ドームの予選を通過後、成田から決勝の地であるニューヨークまで約1カ月の旅。チェックポイントを通過するたび、職場の上司に「もう少し休みます」と連絡を入れる日々が続いた。

 「今でも『そのときの職場はどんな感じだったか』と聞かれるんですが、それ自体が27年間、延々と続く罰ゲームのようなものです。あのときは勝ち抜ける高揚感もありましたが、1年目の若造が1カ月近く休んでいるんですから、申し訳ないという気持ちと、帰国したら新しい仕事を探さないといけないかもという不安ばかりでした」

 しかし、27年前の優勝は、いまだファンの間では語り継がれている。

 「小学生のころから夢見ていたクイズ番組で優勝できたことが、その後の自信にはつながっているでしょう。でも、クイズの世界には上には上がいるし、仕事の現場で迷惑をかけたという思いもありますし、『実るほど頭を垂れる稲穂かな』を教訓にしています」

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