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【ぴいぷる】月亭八方、しゃべり続けて50年 「月亭の中に『可朝』の名前は残したい」 (1/3ページ)

 「振り返りますとね、ほんまに50年もたったんかなと。この世界に入ったとき、芸人のまま人生を終われたら成功やなと思ってたんです。何とかそれが実現しそうなので、よかったなと」

 芸能生活50周年、そして古希を迎えた。多額の借金を抱えながらも馬車馬のように働いて完済するなど怒濤の半生。

 「ほんまに感謝感謝の人生やったと最近思うんです。嫁にも、子供にも、社会にも“ありがとうございました”という気持ちです」

 妻にも感謝の気持ちを伝えたいと思っているが、「今言っても『何おちょくってんの』と言われるだけ。せやから、嫁が死ぬ直前に言おうと思てますねん。嫁に『お前のおかげや』と言うたところで死んでほしい。えっ、死んでほしいように聞こえますか。いえいえ、私が長生きしようと思ってるだけです」。

 この秋、50周年の記念公演を東京、大阪で開くが、東京では「野ざらし」を披露する。実はこのネタ、関東の古典だが、これをやるには深いワケがある。

 「うちの師匠(故月亭可朝さん)がやってたんです。師匠が言うには、立川談志師匠が大阪に来たとき、うちの師匠が接待係になったそうです。うちの師匠も賭けごとが好きですから。で、談志師匠が大負けして。さあ、支払いとなったとき、談志師匠もシブチンで『野ざらし』で払うということになったそうなんです。ホンマかどうかは分かりませんよ。なんで、東京でやって、改めて認可をもらおうかなと」

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