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【ぴいぷる】左手でショパン、右手で都はるみ… 世にも不思議なピアニスト・HIROSHI (1/3ページ)

 派手な衣装でピアノに向かい、ショパンの名曲を左手で奏でる。と、いつの間にか、右手では都はるみの演歌がジョイントして、不思議かつ見事なハーモニー。こういった2曲同時演奏や、お客からのリクエストによる曲名しりとり即興メドレーなどエンターテインメント性の強いステージを繰り広げている。

 「ピアノの演奏会には堅苦しいイメージがありますが、クラシックの作曲家だって、初めは『一発当ててやる』と思って作ったかもしれませんよね。せき払いもOK。気楽に楽しんでください」

 2曲同時演奏や暗い曲を明るく弾くのは、子供時代から得意だった。

 「両親はピアノを習う子なら全員、2曲同時演奏などができると思っていたんですよ。僕にとってピアノは、最大のおもちゃでしたね」

 5歳でピアノを習い始めたが、それ以前から近所でピアノの音が聞こえてくると、古き良き垣根の時代、家に上がり込んで、耳でコピーした童謡「おもちゃのチャチャチャ」などを弾いていた。

 「それが連日続くので、親が申し訳ないとピアノ教室に入れてくれたんです。当時からピアノの音がドレミファ…と音の名前で聴こえてきて。それが絶対音感だとは知りませんでしたが」

 課題曲を初見で弾けるうちはよかったが、小学6年になると、ショパンの「ポロネーズ」のような難曲を弾くようになる。

 「僕は怠け者で、練習しなければ弾けないような曲は好きじゃなかったんです。そのころ、耳に入ったビートルズの『レット・イット・ビー』などのポピュラーの方が楽しくなってきて」

 中学から高校にかけては、ディープ・パープルなどのハードロックやジェネシスなどのプログレロックに魅せられた。