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【高須基仁 人たらしの極意】大きな声で歌う「仰げば尊し」… 心に染みた力士2人の“高校卒業式”

 とうに桜の季節は過ぎ梅雨時だが、ある卒業式に立ち会ってきた。

 甲子園で活躍する野球部でも有名な日本航空高校の通信課程がある東京・目黒のサテライトキャンパス。大相撲の本場所の合間をぬって6月6日に「卒業証書授与式」が行われ、千賀ノ浦部屋から大阪出身の三段目・太一山(21)と、群馬出身の序二段・舛天隆(24)が出席した。

 2人を育てた元舛田山の親方は、千賀ノ浦親方を後進の元隆三杉に譲り、年寄・常盤山として女将さんと会場入りした。いわば父兄代わりである。私は舛田山の柔らかい土俵スタイルが好きだった。

 「高須さん、親方にも定年があってね。私は角界の一線からは身を引くことになっているんだ」と、いわゆる“ふんどしかつぎ”の2人を温かい目で見守っていた。日本相撲協会の定年は65歳だが67歳の舛田山は、再雇用制度を利用して70歳まで後進の指導にあたる。

 人懐っこい笑顔の太一山と舛天隆は「早く関取になりたい」と口々に言う。女将さんは私に「関取にならないと生活が難しいのよ」と、角界における嫁取りの苦労をにじませた。

 「名乗っただけで関所が通れる」という意味の“関取”は、十両・幕内に上がらなければ名乗れない。関取になれば相撲協会から月給や諸手当が支給され、出世すれば一転して無給から年収1000万円超となる。

 まさに自らの肉体が資本のアスリートの世界は厳しい。「土俵には金が埋まっている」と弟子を鼓舞したのは初代若乃花の二子山親方だった。

 「引退後のことなど考えていませんよ」と2人は、ひたすら幕下から十両へと上を目指しているが、「将来を考えて、せめて高卒の資格を」と後押しする常盤山親方の背中が大きく見えた。

 たった2人の卒業生が大きな声で歌う「仰げば尊し」が心に染みた。(出版プロデューサー)

 ■高須基仁の“百花繚乱”独り言HP=「高須基仁」で検索

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