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【ぴいぷる】森山愛子、演歌少女が大人になるまで 19歳で華々しくデビューも芸能界に疲れ果て「歌手を辞めたくなって泣きながら水森先生の家に」 (1/3ページ)

 演歌界の未来を背負う逸材の1人だ。“演歌界の貴公子”こと山内惠介と同じ作曲家、水森英夫氏の門下生で、デビュー15周年を迎えた。

 恩師との出会いは、人気番組だった「ルックルックこんにちは」(日本テレビ系)の視聴者参加企画「女ののど自慢」が縁となった。

 「母とおばが勝手に応募していたんです。大会予選の前日になって、急に『明日、オーディションがあるからね』と言われて。私は高校1年生でテレビに映ることになるのが恥ずかしくって、予選を終わらせて早く帰りたかった」

 ■2歳で北島三郎

 もっとも「母いわく、2歳で北島三郎さんの『関東流れ唄』を歌っていたそうです」というほどの演歌大好き少女。家族としては自然と期待がふくらんでいたのかもしれない。何はともあれ予選を突破して本選へ。審査員だった水森氏の目に留まり、故郷・宇都宮から東京へ通い、本格的なレッスンを受けることになった。

 「水森先生は厳しいけど愛情深く、歌手としてだけじゃなく1人の人間として自立できるようにと、いろいろなことを教えてくださいました。調子が悪いときも的確なアドバイスでピシッと直してくれるんです」

 3年9カ月にわたる修業を経て、2004年に「おんな節」でデビュー。いきなり日本有線大賞と日本レコード大賞で新人賞を受賞するなど華々しいキャリアの幕開けとなったが、人知れず葛藤を抱えていた。めまぐるしく変化する芸能界の荒波に疲れ、一時は歌を捨てようと考えたこともあった。

 「新人賞をいただいたときは右も左も分からないほど未熟でしたし、与えられるお仕事が自分の意思とは関係なく進んでいるような気がしていたんです。東京の暮らしにも慣れなくて、25歳くらいのときに一種のホームシックになりました。歌手を辞めたくなって、泣きながら水森先生のお宅に行って相談すると、先生は『絶対に続けろよ』とか意見を押しつけるのではなく、私の話を静かに聞いてくださいました。優しく寄り添ってくれる先生に、すごく救われました」

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