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【篠木雅博 歌い継ぐ昭和 流行り歌 万華鏡】北島三郎は船村徹さんとの出会いが生んだ偉大なスター 大和魂の底力を感じる歌いっぷりで「函館の女」などが大ヒット (2/2ページ)

 船村のレッスンを受けながら、62年、ようやく「ブンチャカ節」でデビューするもパッとせず、第2弾「なみだ船」がヒット。65年には「兄弟仁義」「帰ろかな」「函館の女」が立て続けに大ヒットした。北島といえば星野哲郎、船村徹のコンビの印象が強いが、「帰ろかな」は永六輔、中村八大コンビということはあまり知られていない。

 その後も78年の「与作」、80年の「風雪ながれ旅」など、コブシの効いたサブちゃん節で日本の自然、日本人の魂の底力を歌い上げ、大衆を魅了した。

 師匠である船村氏の門下生が年に一度集まる「船村同門会」に出席させてもらったことがある。会長を務める北島があいさつで「歌を聞いてくださるお客さんに喜んでもらったり、共感してもらったりするとうれしい。いつも精いっぱいに心をこめて歌う。歌にゴールはない」と話していたが、それが原動力なのだ。彼の仕事現場は緊張感があり、達成感にあふれていると聞く。

 歌は人柄そのもの。昭和を代表する偉大な歌手である。

 ■篠木雅博(しのき・まさひろ) 株式会社「パイプライン」顧問。1950年生まれ。渡辺プロダクションを経て、東芝EMI(現ユニバーサル)で制作ディレクターとして布施明、アン・ルイス、五木ひろしらを手がけた。徳間ではリュ・シウォン、Perfumeらを担当した。17年5月、徳間ジャパンコミュニケーションズ顧問を退任し、現職。

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