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【高須基仁 人たらしの極意】戦友ともいうべき人がまた… 晩年は静かに真面目に生きたフォークルの3人

 9日に古希を迎える私にとって時代を共にした戦友ともいうべき人々が毎月死んでゆく。10月25日、シンガー・ソングライターのエンケンこと遠藤賢司が胃がん闘病の末、70歳で世を去った。11月14日には、元赤軍派議長の塩見孝也が心不全のため76歳で亡くなった。そして今月2日、パーキンソン病を患っていたはしだのりひこが72歳で死んでしまった。

 私は学生当時、中央大ブント系全学連で武闘派の中心にいたが、3人に影響を受けながら騒乱期を駆け抜けた。

 フォークルの3人で私が仲が良かったのは、亡き加藤和彦だった。六本木のキャンティで隣り合わせになると、加藤は格好よく白ワインを開けていた。昔話になったとしても、はしだのりひこ、北山修の話は、一切しなかった。それが互いの不文律だったようだ。

 はしだは、音楽性の違いからか、フォークルの後、シューベルツ、マーガレッツ、クライマックス…と新たなグループを組み、「花嫁」(1971年)では紅白出場も果たしている。

 その後もフォークルの「イムジン河」とともに、「帰って来たヨッパライ」がどうしても私の頭から離れなかった。おもちゃメーカー、トミー(現タカラトミー)への就職後、玩具とのタイアップで、「ゴキブリッコ純情」(82年)という早回しソングを出し世に問うた。まさに「-ヨッパライ」のエピゴーネン(模倣)である。歌はともかく、同時発売したゼンマイで動く「トコトコスニーカー」は約50万個を完売…。塩見もエンケンも、はしだも、晩年は静かに真面目に生きた。

 「ゴキブリッコ純情」の歌詞には“踏まれても叩かれてもたくましく生きる”という思いを込めた。それが、われわれ世代の矜持である。=敬称略(出版プロデューサー)

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