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【歌い継ぐ昭和 流行り歌 万華鏡】菅原洋一、都会的な大人のラブソング「知りたくないの」で紅白出場 現在は息子と演奏活動 (1/2ページ)

 今年もNHK紅白歌合戦の出場歌手が話題になる時期がきた。紅白といえば、かつては誰もが知っているヒット曲を持った歌手が顔をそろえていた。菅原洋一(84)もそのひとりだ。

 1963年に「若い日本」で歌手デビューするがヒットに恵まれなかった。しかし、65年、「恋心」のB面だった「知りたくないの」がにわかに注目された。

 所属事務所はホテルのラウンジでの演奏営業に強く、営業を重ねる程に「知りたくないの」を歌い終わると大きな拍手が起きるようになった。客の声を直に耳にして、これはいけるとひらめいた事務所社長は「方々の電波媒体に宣伝しまくった」という。社長は洋楽通で、僕も南米の珍しい音楽をいくつか聞かせていただいたことがある。

 2年後にはラジオ、有線で頻繁にかかるようになり、結果、80万枚を超える大ヒットに。同年のNHK紅白歌合戦に初出場を果たしたのだ。

 歌の方向性が明確になると、68年に「誰もいない」で日本レコード大賞歌唱賞、70年には「今日でお別れ」で同大賞を受賞。88年まで連続22回の紅白出場を果たしその地位を不動のものにする。

 戦後の歌謡曲は、望郷と人生応援歌が主だったが経済復興と東京オリンピックを境にポップスも浸透。エルビス・プレスリーにニール・セダカ、ポール・アンカがラジオから流れた。甘い声とセクシーなメロディーは日本の若者も酔わせた。日本の音階とビートは何でも手拍子になってしまう宴会向け。洋楽の音階とビートはムーディーで、踊れない男子もチークダンスをしたくなった。

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