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【テリー伊藤 狸の皮算用】野沢直子的子育て方針「好きなことすれば」 一時駆け落ちした長女は格闘家で日本デビュー (1/2ページ)

 7月30日、さいたまスーパーアリーナで総合格闘技の大会『RIZIN』が開催され、タレント野沢直子の長女で格闘家の真珠・野沢オークライヤーがバンタム級トーナメント1回戦に出場し、腕十字固めで一本勝ちした。

 23歳の真珠は、スレンダーな体ながら、9歳から空手、2年前からボクシング、昨年から柔術も学んだ猛者。父親も米陸軍の特殊部隊グリーンベレーに所属していた。

 野沢直子は1983年に芸能界入りし、コント番組『夢で逢えたら』(フジ系)などで人気を得る。私が演出した『ヘビメタ虎の穴』(日テレ系)の司会をしたこともある。音楽ライブもムチャクチャおもしろかった。

 しかし、91年、レギュラー番組をすべて降板して、単身、米国に渡った。何年かたって、ニューヨークのセントラル・パークで猿のモノマネをして踊っている写真を見て、「頑張っているな」と思ったもの。

 1年のうち10カ月はサンフランシスコにいて、夏だけ出稼ぎ帰国。芸能界の空気がわかっていない“浦島太郎状態”なのに、そんなことはおかまいなしにやりたい放題。それが野沢直子の凄さだ。

 私と会うときも下ネタばかり。相変わらずぶっ飛んでいるのが、うれしかった。原宿でテレビのロケをしたとき、私が「これから野沢直子が面白いことをしますよ」とムチャぶりしても、すぐにかけ出して、いきなり『アルプス一万尺』の替え歌を歌いながら踊り出し、一瞬にして歩いている人たちを盛り上げた。

 そんな野沢直子だから、真珠から「格闘技に進む」と事後報告されても「好きなことをすれば」と反対しなかった。そういえば、以前こんな話をしてくれたこともあった。

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